2016年11月3日木曜日

老後の趣味としての写真


 私は大学を二つ卒業するという親不孝なことをしていますので、医学部での友人たちはみな私より若く、元気です。その友人たちから時折受ける相談というのは、父親の定年時に何かプレゼントしたいけど、何が喜ばれるかというものです。彼らの父親と私が年齢が近いということを暗に言いたいのではないかと勘繰ったりしていますが、純粋にそういった疑問を解決すべく私に尋ねているだけなのかもしれません。

 私はその質問に対しては『デジカメ』と答えることにしています。ある程度重たい、しかし重過ぎて持つのが嫌になるようなものは避ける、という注釈付です。重たいデジカメとなると本体だけで1.5kgほど、野鳥などを撮影しようと思うと、バズーカ砲みたいな形をした6kg程度のレンズをそのカメラに装着し、やはり6kgほどの三脚に乗っけるという重労働を厭わないようにする必要があります。

 そういった苦行は若い頃に始めて、お金が出来るに従ってだんだんステップアップするというスタイルをとらないと、買ってもらっても決して長く続けることはありません。第一、フィールドに出るだけで疲れ果ててしまうのです。レンズ込みで1kg前後、最近流行のミラーレス一眼というのが狙い目でしょうか。1kgというのはそのカメラを持つことが筋トレになるという効果も考えての上です。そういったカメラを手に、お父君が何かを撮影してきたら、とりあえず自然な形で褒める、これを忘れてはいけません。

特に自然を撮影したものを褒める、そうすることで野山を歩き回って木花とか山や川を撮影する機会が増えるでしょう。そのことが足腰の鍛錬になり、認知症予防につながり、いつしか写真も上達するものです。もし何らかのコンテストで手ごろなものがあれば、それに応募するというのも有効だと思います。入賞すれば嬉しいので、きっと写欲が湧く、するとますます被写体を求めて歩き回る、健脚になる、行動範囲が広がる、といった具合に万事が良い事尽くめになるかもしれません。

しかも、奥さんの立場からすれば、退職して家に一日中いられたらたまったものではありません。亭主元気で留守が良い、というわけです。ですから元気に日中の山を歩き回って、沢山写真を撮って帰宅する。夜はその写真をPCで確認しながら整理するという作業をこなすことになりますので、その面からも認知症予防に大きく貢献することは間違いありません。高齢になってから、そんなハイテクな事など分かるはずがないなどと考えずに、一緒になって写真の評論などしてあげましょう。

 ここで一言注意事項を。お父君の写真を褒めるときに、褒めすぎてはいけません。昔私の後輩が写真に少し入れ込んでいたときの事、一枚の写真を見て私が『諸君、脱帽し給え!ここに天才が現れた』と言ったらひどくむくれました。あからさまな、聞くまでもなくお世辞(と言うより、むしろ嘘)と分かるような褒め言葉は禁物です。自然な形で、『ここはもうちょっと○○したほうがいいね』などという批評も加えながらでないといけません、やや高級な技になりますが。しかし考えてみてください。自然経過として筋力が弱っていき、何時か寝たきりに成るその日を少しでも先延ばしにすることが出来るかもしれないことですから、一生懸命ご老人のやる気を出させてください。

2016年9月23日金曜日

運動と糖尿病


 私たちが子供だった頃、TVのある家庭は村に一見とかいう環境で、もちろんファミコンやゲームボーイなどその痕跡もありませんでした。ですから子供達の遊びは専ら戸外で走り回ることでした。女の子たちはあまりそういった走り回ることがメインとなる遊びには加わらず、男の子たちだけでチャンバラとかプロレスごっこなどに打ち興じていました。当時食糧事情が理想的とは言えず、いつもおなかをすかしていたのですが、それでも走り回って余計空腹になるようなことをしていたのです。ですからそれなりに体力はあったと思います。

 もちろん上位5%の子供達の体力は比べるまでもなく現代の子供達のほうが上です。恵まれた食糧事情、精緻な体育理論などに裏打ちされて、競技で勝つことを目指してトレーニングするのですから、鬼ごっこなどで日なが野山を駆け巡るよりも大腿四頭筋、大胸筋、上腕三等筋などの筋肉群の発達ははるかに良好だし、第一体格がいいですね。しかし、それは意識的に運動している子供達だけで、家でファミコンに熱中している子供達に関して言えば多分逆です。昔は子供のうちから高脂血症や糖尿病等に罹患するなど考えられなかった。

 最近ちょっと憂慮すべき研究結果が発表されました。それは子供の時の体力と将来の病気に関するものです。メディカル・トリビューンという医療従事者向けのサイトに紹介されていましたので、引用したいと思います。以下にその記事のコピーを貼り付けます。

10代後半の低体力が2型糖尿病のリスク
 10歳代後半の体力が低いことが2型糖尿病の危険因子である可能性を示唆する研究結果が、米国とスウェーデンの共同研究グループによりAnn Intern Med2016; 164: 577-584)に発表された。長期間の追跡が必要になるため、若いころの体力と成人後の2型糖尿病との関係が検討されることはほとんどない。同グループは、196997年に18歳で徴兵されたスウェーデン人男性1534,425例を19872012年(最高年齢62歳)まで追跡。徴兵時に測定した体力(有酸素運動能力および筋力)と2型糖尿病との関係を検討した。

 3,940万人・年の追跡で、34,008例が2型糖尿病と診断されていた。解析の結果、18歳時の有酸素運動能力および筋力が低いことと2型糖尿病発症リスクとの間に独立した関係が認められた。有酸素運動能力および筋力の最高三分位群と比較した最低三分位群の2型糖尿病累積発症率の絶対差は、追跡20年で0.22%、30年で0.76%、40年で3.97%であった。全体として、有酸素運動能力と筋力の両方が低いことは、2型糖尿病発症リスクが約3倍高いことと関係していた。これらの関係はBMIが正常な男性でも認められた。

 子供の頃に走り回って充分遊んでいないと、肥満するような生活習慣を身につけなくても糖尿病にかかりやすくなるということです。幼少時の子供の生活形態を見ると、きちんとした観察結果ではないのですが、たぶん過疎地のほうが都市部よりも外で遊ぶことが多いのではないでしょうか。そして外で遊ぶということは必然的に体を使うことになるので、将来糖尿病にかかりにくくなる、と考えてよさそうです。

 もし都市部にお住まいの親戚の方などに小さいお子さんがいたら、しばらくこちらのご家庭で預かって外を走り回らせてみたらどうでしょうか。その子供達が将来糖尿病になるリスクを1/3に減らすことが出来るのです。それにおうちに小さい子供達の笑い声が満ち溢れると、年をとった私たち大人の生活にも活力が沸いてくるものです。


2016年8月22日月曜日

肥満は脳の老化を早める?


 私たち医療従事者が良く閲覧しているSNSの中に『ケアネット』というのがあります。そのSNSに興味深い記事が掲載されていました。私たちの生活習慣の中で、代謝が年齢とともに低下するのに食欲が低下しない人に特有の問題、つまり肥満がかなり広範囲な影響を及ぼしていることを示唆する研究が発表されたのです。以前から肥満に対して様々なことが言われています。曰く『肥満の人は糖尿病にかかりやすい』、曰く『糖尿病の人は認知症になりやすい』、曰く『肥満の人は心血管系の疾患を患いやすい』、曰く『肥満の人は脳血管疾患になりやすい』、曰く『肥満の人は痛風になりやすい』、曰く…きりがないからこのあたりでやめておきます。さて以下にその記事の抜粋を示しておきます。

 『新しい研究で、過体重や肥満の人では、中年期から脳の老化が早まっている可能性が示された。この研究は、過体重が脳の白質にどのような影響を及ぼすのかに焦点をあてたもの。白質は脳領域どうしの情報伝達に重要とされる部位であり、加齢とともに縮小することが知られている。しかし、今回の研究では、50歳の過体重および肥満の人の白質量は、60歳の標準体重の人と同程度であることが判明した。ただし、この研究では肥満と老化の加速との因果関係は証明されておらず、肥満者と標準体重の人で認知機能に差はみられなかったという。

 今回の研究では、ケンブリッジ地域に在住する精神的に健康な2087歳の男女500人強を対象に調査を行った。対象者のうち約半数が標準体重で、約3割が過体重、約2割が肥満であった。MRI検査で対象者の脳構造を評価したところ、過体重や肥満の人では、標準体重の人に比べて白質量が減少していることがわかった。年齢別の解析により、中年期の過体重や肥満の人の白質量は、10歳年上の標準体重の人と同程度であることも判明した。この「10年の格差」は中年期以降の対象者でのみ認められ、2030歳代ではみられなかったことから、加齢に伴って脳は体重増加による悪影響を受けやすくなることが示唆されたと説明している。

 ただし、現時点ではBMIの増加と白質量の減少がどのように関連しているのかは明らかにされていない。「過体重や肥満であることが脳に変化をもたらすのか、脳の変化が脂肪細胞を増やしているのかも不明だ」と、同氏は指摘しており、「減量すれば脳への悪影響を減らせるかどうかも結論づけるのは難しく、今後検証していきたい」と述べている。

 この知見は、「Neurobiology of Aging」オンライン版に727日掲載された。』

 肥満の人が糖尿病(Ⅱ型)になりやすいのは以前から明らかになっていたことで、糖尿病の人が認知症になりやすいのも統計的に明らかになっています。それだったら、肥満で脳の機能が低下するのは必然的に導き出されるとも思うのですが、この研究は肥満が直接に脳の白質量が低下することを示したところにあると考えます。医学や医療に関係した基礎的な研究は本当に少しずつ、カタツムリのように進んでいくのですが、気が付いてみるとずいぶん遠くまで来たものだと思うことがあります。

 60年以上昔の話ですが、私の祖母が脳出血で半年間寝たきりの生活をしていたころ、当時は静脈内に輸液するという概念がなかったか、あるいは田舎までそうした斬新な思想が行渡らなかったからか、彼女は大臀筋に生理食塩液を毎週一回『筋肉注射』されていました。相当痛かったようで、注射の間中大声で痛みを訴え続けていました。今は静脈内に直接輸液製剤を注入するというだけでなく、様々な病態に合わせて多くの種類の輸液製剤が利用可能です。

 当時の医療界から今日の医療を眺めてみると、昔は死の病だった腎臓病が今は透析という手段で対処可能になっています。若い人に対してだと、腎移植も選択肢に入っています。それどころか心臓移植も大騒ぎするようなことではなくなっています。様々な「原因不明」の疾患の原因が解明されてきており、癌の薬物療法もかなりの種類の癌に対して有効なものになってきています。

 最新の様々な知見をこれからもご紹介していきます。それらの知見を実生活に導入して、健康な生活をするか、それともそれらを無視して気ままに生きるか、それは読者諸氏が自分の責任で決定すべきことで、それについてとやかく言うつもりはありません。しかし、毎日たばこを20本も吸って、ごはんをドカ食いして、糖尿病と慢性閉そく性肺疾患(COPD)を患い、どうにもならなくなってから、病院を受診して「元の体に戻してくれ」と言われても我々に手の打ちようはありません。そのあたりのことはよく考えたうえでご自身の生き方を決めて行っていただきたいと思います。


2016年6月21日火曜日

寝たきりにならないために


 私たちが齢を重ねていくと、必ず体のいろんな部分が弱ってきます。人体を構成するパーツのどこかに不調が現れるというわけです。人の体を車に例えると、ひとには備わっているのに車には備わっていないことが随分あるのですが、ある程度納得してもらえるような形で話を進めることが出来ます。潮風の当たるところで運転することが多いと錆が出やすいとか、エンジンオイルを長いこと替えないで運転し続けているとエンジンが傷むとか言う具合で、どこが痛むかは、その車の走行スタイルに影響を受けるのです。

 人間の体にも似たような面があります。お相撲さんのように、体重を増やすことがその職業上要求される場合、心血管系の病気になることが多いようです。米国の西部劇などで人気者だった俳優さんの死因では悪性腫瘍が多く、それは彼らの撮影現場が地下核実験場のそばだったことと関係があるなどと囁かれています。寒い地方に住んでいる人では高血圧が多いなどという話も聞きます。地域や仕事などによってある程度生活様式が影響されることから、そうした話がこぼれ出てくるのでしょう。

 一般的な加齢のプロセスは、骨密度の低下、筋力の低下、基礎代謝の低下、免疫応答の迅速性や強度の低下などをベースにして、関節軟骨の磨耗とそれが原因の関節の変形、脊椎の圧迫骨折とすべり症、そうしたことを原因とした運動量の低下がそっと忍び寄り、体を構成する組織に占める脂肪の割合が増えてきます。そして耐糖能が低下し、糖尿病へと移行することが一般的です。しかも血糖値が高くなると、骨質が脆くなり、癌などにかかりやすくなり、認知症にもなりやすくなります。

 関節の機能を維持するためには姿勢保持の筋力を維持し続けることが重要です。背筋より腹筋が先に弱ってきますから、そのために腰椎が前彎する様になり、それが原因で腰椎下部のすべり症が生じやすくなります。そしてその前彎とバランスをとるために胸椎後彎が発生するのですが、胸椎は肋骨とともに頑丈な構造を作っていますので、簡単に後彎できない。そのために肋骨による篭構造が出来ていない下部胸椎が強く曲がってしまい、そのために胸椎の下のほうに圧迫骨折が頻発します。

 この圧迫骨折は、もちろん腹筋の筋力を維持して姿勢を良く保っていれば起こりにくいのですが、年齢とともに骨密度が低下し、骨質が脆くなってきますので、骨を強くするための医療上の介入をした方が良いと思います。女性は閉経の頃から女性ホルモン量の低下に伴って骨密度が低下するようにできています。だから50歳前後で潜在的な骨粗鬆症と考えたほうが良いと思うのです。そしてその頃から積極的に介入することで、90歳になっても背筋がまっすぐ伸びて、動作がそれほど緩慢にならない状態を保つことも夢ではないと思います。

 私が子供の頃には50歳というと《老婆》というイメージが強く、実際に腰の曲がった人が多かったのです。栄養上の知識がなく、骨粗鬆症に対する医療的な介入の方法が乏しかったので、閉経後速やかに骨粗鬆症による圧迫骨折が生じていたと思われます。今の若い人たちの一部に、奇妙な思い込みで偏った栄養バランスの食事を取り、太陽光線を過度に避けるという風潮が見られますが、彼らが50歳になった頃に、脊椎の圧迫骨折で腰の曲がった人たちが大量に発生するのではないかと私は危ぶんでいます。

 また、筋力と骨密度がともに低下することで、転倒しやすくなり、大腿骨の付け根を骨折することが多くなるのも高齢者の特徴で、転倒時に手を突くことで腕の骨折も良く見られるようになります。脊椎を圧迫骨折してきつい腰痛にさいなまれ、しかも大腿骨や前腕の骨を骨折すると、それがきっかけで寝たきりになってしまうことが多々あります。寝たきりになると気力が萎えるし、気力が萎えると起き上がろうという気になれなくなります。

 寝たきりにならずに、最後まで二本の足で歩いて、美味しく食事を頂くためには、日ごろから偏りのない食生活をして、清潔な環境を保ち、体を良く動かし、少し不調が見られたらその都度その不調を直す。そんな生活を心がけておく必要があります。「そんな面倒な」と考える向きはあると思いますが、ちょっとした生活上の習慣を形成する過程で覚える面倒と、あちこちが実際不都合になり、今まで出来ていたことができなくなって強いられる面倒では、大きな差があります。骨粗しょう症で体の一部に不具合が生じる前に予防することが大事です。


2016年6月3日金曜日

独立と依存


 ひとは単独で生きていくことが出来ません。小野田少尉や横井兵卒のようにジャングルの中で長いこと一人で生活していた人もいるのですが、人間としての基礎ができた上で孤立したわけで、人間形成の過程には社会がちゃんとした役割を果たしていました。単独で生きていく、いろんなサバイバル技術を学んだ上で単独で生き抜くことは、もちろん、環境によっては可能です。しかし、生まれたての赤ん坊が人間として育っていくうえで、社会的なトレーニングは必須のものです。

狼に育てられて15歳頃に発見された子供がいたそうですが、ついに『人間』になることが出来ず、まるで凶暴で飼い主にもなつかない野犬のようにしばらく生きていて、短い生涯を終えたそうです。人間としての考え方やものの見方など、それにお箸やナイフ・フォークで食事を取るといった習慣などが『人間』を作っているといっていいでしょう。その『人間』ですが、千差万別。なくて七癖などといいますが、同じ境遇に置かれても、自分の人生に対する向き合い方には大きな個性の違いがあります。

私たち医療従事者から見ると、病を得た後にどう対処するか、といった観点で見た場合に、各々の人柄が見て取れます。例えば癌と診断されたときにどうするかというのがあります。私が研修医だった頃は本人に『あなたは癌です』と告げることはありませんでした。ショックが大きすぎて、自分でその事実を受け止めきれないだろうというのが当時のわが国全体の空気で、その傾向は私がカナダに留学した1980年代後半には強く残っていました。

カナダの西海岸で、肺燕麦細胞癌(とても進行が早い)に罹患した患者さんに『あなたは手術適応のない肺がんにかかっており、あと3ヶ月ほどで死ぬから遺言など考えておきなさい』と告げているのを見てびっくりしたものです。欧米の医師に言わせると、本人の人生なのだから、知るべき情報は全部伝えておかないと、それは一種の瞞着的な行為だというわけです。帰国して数年後に、地域の中核病院で働き始めたときに、そこの外科部長が全てを本人に告げるという考え方を持った人で、実際に病名告知をしていました。

病院からの帰りに自殺してしまったひとがいるという噂も聞こえてきましたが、今は病名告知、予後の告知が一般的になってきています。癌以外の病気、糖尿病だとか脂質代謝異常だとか、骨粗鬆症、変形性の関節症、そして高血圧などは昔から告知していました。肝硬変や腎不全についても告知していました。糖尿病や高血圧は実際に不都合なことが起こるのはたいてい病の最終ステージに近づいた頃ですが、変形性の関節症や骨粗鬆症による異常骨折などは不都合が起こったらすぐさまそれと分かります。痛いのです。

その痛みにどう向き合うか。前置きが長くなりましたが、今回のテーマはこれです。膝や股関節には強い力がかかります。脊椎にも強い力がかかります。ですから、そのあたりの病気はその荷重がより大きくなるような条件(=肥満)があると、症状の進行が早い。そして痛みを口実に動くことをやめると筋肉が萎縮して消費カロリーが減ることで、より太りやすくなります。そうすると家屋の中でどうしても移動しなくてはならないような場面に出会うたびに情け容赦なく骨の変形などが進行します。

変形性質関節症では関節を動かしておくほうがいいのです。ある患者さんは自分の趣味を貫くために、ほとんど関節として機能しなくなった膝に痛み止めを打ちながら歩き回っています。長い下り坂を下りるのが辛いとこぼしていますが、それでも元気に活動しています。一方、関節変形の程度からすればそれよりはるかに軽症で状態のいい人が、ほとんどこもりっきりになり、生活上の様々なことを他者に依存するということが見られます。どんどん生活が縮小していき、人生の最終楽章が全く盛り上がりに欠けるものになっているようにみえてしまいます。

私の仕事の中心は痛みをある程度軽くし、病状の進行にブレーキをかけることです。胸椎下部の圧迫骨折などで急性期の痛みを乗り切るためには23週間入院していただいて、その間に痛みを軽減させるような処置をします。そして第2、第3の圧迫骨折がそれに続いて起きないように骨粗鬆症の治療を開始する、そして腰椎のすべり症の発生を食い止めるなどの手立てを講じる、そうしたことがこの病院に勤務する外科系医師である私の仕事であろうと思っています。

人生の広がりは『自分のことをちゃんと自分で始末する』ということと深く関連しています。そして生きていくうえでの喜びは、誰かに何かをして上げられることだと思うのです。どこかが痛いといって引きこもって、人に何かをしてもらうことを期待しながら、愚痴をこぼし、『死にたい』などと言っていると、友人たちの足も遠のくでしょう。すると自分の人生がさびしいものになってしまうのです。出来るだけ、そうならないようにがんばってください。お手伝いできるところはします。


2016年3月29日火曜日

今日のレシピ ー コック・オ・ヴァン



 今回は初回の料理と同じく鶏肉を使った料理です。今回はモモ肉を使います。フランス地方の家庭料理です。
    材料:皮付きの鶏モモ肉、人参、玉ねぎ、白ワイン、チキンブイヨン、ベーコン、
    鶏モモ肉を皮を下にして炒め、とりを引き上げてベーコンを炒める
    ベーコンをどかしてカットした玉ねぎと人参を炒める。
    一つの鍋にベーコン、モモ肉、野菜を入れ、白ワインをヒタヒタになるまで注いで、チキンブイヨンで30分間焦げ付かないように注意して煮込む。
    鶏肉とベーコンを取り出し、残りをミキサーで砕いて(ほんとは裏ごしだが、面倒なのでミキサーで)野菜ソースとして用いる。
    肉をカットして、野菜ソースを掛けて供する。このときに絹さやとかペコリスなどを付け合せにすると若干おしゃれ。なお、このソースは多分余ると思う。サーモンや鱈を焼いてこのソースで食べると趣が異なり、美味しい。

この料理は、ある程度寒い季節に作ったほうが美味しく頂けるようです。昔この料理を友人に教わった頃、私はまだ鶏のモモ肉と胸肉の違いが分かっておらず、安い胸肉で作ったらその友人が作ったものほど美味しくなかったのです。そのことを言ったら散々馬鹿にされました。その友人は、ポリクリ(医学生に課せられた臨床実習)をサボって料理教室に通うといった、料理に関する筋金入りで、心優しい友人たちが彼の出席を代返したりして何とか乗り切ってきたものでした。

整形外科のポリクリで大腿骨の手術現場を見ながら、彼と肉の焼き加減について話していたら、その場をつまみ出されそうになったこともありました。当時の先生たちはおっかない人が多かったのです。この料理は、せっかくですから煮込むときに月桂樹の葉を二枚ほど入れておきましょう。さして味に変りはない?いえいえ、変ってきます。もし余分な鍋があったら、材料の半分を月桂樹入りで煮込み、残り半分を月桂樹無しで煮込んでみてください。違いが分かると思います。

 鶏肉はモモが美味しいようですが、鴨の場合は胸肉が美味しいように思います。これは鶏が飛ばないのでムネ肉よりもモモ肉のほうが筋肉が発達していることと関係しているのかもしれません。長距離を飛来して移動する鳥のムネ肉を食べるとスタミナがつくといった話も聞かれます。しかし、アホウドリ(とても長距離を飛行するようです)などを捕まえて食べると、多分叱られると思います。

 この料理で出来るソースは、ちょっと多めになるように材料の量を加減し、それほど強い主張をしない素材(魚な鱈、野菜ならカリフラワーなど)をソテーして、このソースに絡めて食べると美味しいので、是非一度試してみてください。ソースは玉ねぎと人参、それにチキンブイヨンと鶏モモ肉・ベーコンの出汁からなっており、健康に有害なものは入っておりません。出汁が良く効いているので、塩分は少なくても充分美味しい。料理に用いる塩分を減らすには濃い目の出汁をとることが一つのポイントだということが分かります。

 余計なことかもしれませんが、この料理には白ワインが良く合います。お手ごろ価格の白ワインで納得の味といえば、チリのワインでしょうか。私はTAMAYAのシャルドネを常備していますが、保存状態のいい酒屋で買わないと無残なものになってしまいます。店の外にワインのケースを山積みしているような酒屋を散見しますが、直射日光に晒すなど、論外です。安いお酒をその時々で販売しているところよりも、店主が自分で飲んで味を確認したうえで、長期にわたって仕入れている。そんなお店のほうが信頼性が高いように思います。では良い晩酌を。


2016年3月15日火曜日

心臓手術の歴史


 昔々、外科がやっと近代科学の衣を纏い始めたころ、心臓を覆っている膜(心嚢)は人間が越えてはならない一線とされていました。そこを超えると必ず患者が死に至る、そのような『結界』として認識されていたのです。1896年の初秋にドイツのある都市の公園で胸を鋭いナイフで突かれて昏倒している人が病院に担ぎ込まれて救命されるまでは。フランクフルト市立病院に担ぎ込まれたその患者は、今まで誰も成功したことのない心筋縫合を施行されてこの世に戻ってきました。

「心臓の傷を縫合しょうなどという外科医は、間違いなくあらゆる同業者に、永遠に蔑視されるだろう。」当時は医学界を代表する人がそんなことを書き記す時代だったのです。しかし何もしなければ確実に死ぬ、そんな状況の中で当時外科の部長レンが出張から帰った後にその患者の手術をする決心をしました。右心室につけられた刃物傷を彼は3針の縫合で完全にふさぎ、その患者は歩いて帰ることが出来ました。その年の秋、心臓外科関連の国際学会でレンがその事例を発表すると、そのニュースは野火のように世界中に広がったのです。

レンが行った手術は心臓の筋肉に加えられた小さな傷、筋肉の不連続面を修復するというものです。そこから、心臓の奇形や弁の変形・異常に手を加えるというところまでは若干の距離があります。実際に心臓の内部構造の異常に手を出せるようになるにはさらに半世紀を要しました。確か第二次大戦中だったと思います。合衆国で心房中隔が欠損した自分の子供とその母親の動静脈を吻合して、母体の心臓に負担をかけながら子供の心臓を止めて、心内手術で欠損孔をふさぐという手術が成功しました。開心術としては世界最初でした。

しかし子供がある程度成長した後だと、自分と子供の両方の血液循環を母親の心臓に委ねるのは不可能ですし、血液型など免疫系のマッチングの問題もありますので、誰にでも出来るものではありません。人工的な循環装置と人工肺の実用化が望まれていました。ポンプは可塑性に飛んだチューブをローラーで圧迫しながら血液を送る方法が考えられたようです。酸素化装置は横に置いた円筒形容器の中に血液を半分ほど満たし、内部に設置した円盤をぐるぐる回しながら、容器の上半分に満たした酸素に円盤に付着した血液が触れて酸素化するという装置(ディスク型人工肺)が完成し、実用段階に入りました。

私よりちょっと年の行った医師で心臓外科を志した人なら手術後のその円盤を金属たわしでゴシゴシ洗浄した記憶を持っているかもしれません。そのうち、ディスク型人工肺は気泡型に取って代わられ、膜型に置き換えられました。私が動物実験で用いた酸素化装置はガラス製で先のディスク型の応用のようなものでした。実験の後長らく生存させる種類の実験ではなかったので、血球がある程度破壊されてしまう変形ディスク型の人工肺でも充分目的に適うものだったのです。

 現在は心臓手術の細かいところまで手順がほぼ決まっていて、誰でもある程度のことはできるようになりました。しかし今でも同一の手技に要する時間によって、術後の体力の回復などが大きく異なってきます。手術の成功率というのは、どの程度の重症例を扱っているかによって大きく影響されますので、正確な指標というわけではないのです。どの施設が良い手術をするか、そういったことはなかなか分からないものですが、医師の間のクチコミである程度実情が伝わってきますので、そういったことを知りたいのであれば、気軽にお尋ねください。