2014年6月16日月曜日

*プロポフォールでICU入院患者が死亡*


 女子医大であごのリンパ管腫の手術を受けた2歳の子供がICUで死亡しました。様々な報道がなされていますが、まず事実を確認しておきたいと思います。218にあごのリンパ管腫の手術を受けたそうです。麻酔の導入、維持、そしてICU管理中にプロポフォールを用いたのは間違いないようです。プロポフォールは静脈麻酔薬の一つで、手術中の麻酔状態を維持するために、持続的に血管内に注入し続ける、と言う使い方があります。麻酔状態に持って行くために、最初に眠らせるだけ、と言った使い方も勿論あります。

 近年このプロポフォールが広く用いられるようになった理由としてはいくつか考えられます。まず、これを静脈内に投与するとすぐに入眠すること、そして持続的な注入を打ち切ればかなり早く覚醒すること、これが一番大きな理由でしょう。麻酔科医にはイラチが多く、薬を投与してもなかなか寝ないような種類の導入剤は通常嫌います。そのほかにも理由があります。咽頭反射が抑えられるので、筋弛緩剤を投与しないでも挿管が可能だとか、揮発性の麻酔ガスを用いる必要がないので、高価な気化器が必要ないというのも主要な理由の一つです。


 もしかすると、プロポフォールを提供している製薬メーカーからの強力な働きかけがあるのかもしれません。私は麻酔科医としての現役を数年前に離れ、もともとこの手の薬があまり好きでなかったこともあり、製薬会社とも距離をとっていましたので、どの程度の強力な働きかけがあったのか知りません。しかし、日本では新しい薬が出るとすぐに皆がそちらになびくのには、メーカーからの働き掛けは大きいのではないかと思っています。


 私がカナダにいた時に、製薬会社の関係者が薬の宣伝のために病院内にやってきたのを見たことがありません。翻って本邦では午前中の外来が済むころには病院内に製薬会社の関係者がずらりと並んでいる様子をたいていの病院で見ることが出来ます。そしてカナダでは日本より2世代前の麻酔薬が用いられていました。吸入麻酔薬として最初にポピュラーになったのはハロセンと言う薬で、その次がエンフルレン、そしてイソフルレン、セボフルレンとなりますが、日本でイソフルレンが用いられ始めたころ、カナダでは依然としてハロセンが用いられていました。


 ハロセンはほかの吸入麻酔薬よりも匂いが穏やかなので、小児に「いい匂いがするだろう?」などと言うと、それまでに小児とある程度仲良くなっておけば、簡単に『うん』と返事してくれます。しかしそれ以外の麻酔薬の場合、マスクにバニラエッセンスを一滴垂らしておくなどの工夫が必要でした。一方、ハロセンには重篤な肝臓疾患を引き起こすリスクがあり、本邦ではそのことがエンフルレンへの切り替えを後押ししたのです。しかし、私はハロセンを使っていて、劇症肝炎を引き起こした例を知りませんし、私の周囲にもそういった例は見当たりませんでした。


 今回のプロポフォールは子供の麻酔に使わないように、そして人工呼吸管理を受けている患者に使わないようにと言うことが添付文書に書いてあります。麻酔に関しては、症例が少なく、安全性が確立していないことがその理由に挙げられていました。そして人工呼吸中の鎮静に関しては、「因果関係は不明だが、欧米で死亡例が報告されている」と言う事が記載されていました。プロポフォールは先ほども述べましたが、代謝が早く、分布半減期は2-8分、消失半減期が4時間以内と言われています。そして、プロポフォールの小児に対する制限は「長期大量投与」がダメとされています。


 さて、以上のような情報を頭に入れたうえで今回の死亡事故の報道を見ると、どの見出しを見ても女子医大に悪意を持って書いているように思えます。投与して3年後に死亡した例を、プロポフォール投与による死亡としている点など、暴力団の因縁と何ら変わるところはありません。誕生から離乳食の開始まで人工乳で育った子供はそのあと120年間にまず間違いなしに死亡してしまいます。それを「人工乳で育てると死亡率100%」と煽り立てているようなものです。もちろん母乳で育てても同じことが観察されますので、「母乳で育てると死亡率100%」と言えますね。


 医療に関するニュースは一般に嘘が多い。一つには煽り立てればたくさん売れる(視聴率が稼げる)と言うのがあり、もう一つにはマスコミ関係者が不勉強で何も知らない、と言う点も挙げられるでしょう。新聞やTV報道された記事に接して、それをすべて真実だなどと考えると、とんでもないことになります。先の例で挙げた、ハロセンとエンフルレンの問題などもそうで、本邦ではすぐ騒ぎ立てるマスコミを念頭に置いて、昔の薬に何らかの問題があればすぐ切り替える。まだ明らかになっていない副作用については、裁判で「その時点では明らかになっていなかった」と言い逃れることが出来るからです。


 一方カナダでは確率が一定の割合以下の副作用で死亡したような場合には、それが医師個人を相手取った民事裁判になることが無かったので、ハロセンをエンフルレンに切り替えるときのトータルコストを算出して、実際に切り替えた時にハロセンによる劇症肝炎で何人が亡くなるか、エンフルレンでは何らかの副作用でどの程度の死亡率か、そういった医療経済学的な観点から薬の切り替えを考えて行くようです。


 結局一人一人の元に帰ってくることなので、私たちがどんな医療を望むのか、特に限られた予算の中でどのように持って行きたいのか、そういったことを真剣に考えないと近い将来のっぴきならない事態に追い込まれていくような気がします。

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