2014年8月8日金曜日

アルジャーノンに花束を:ダニエル・キース


 医学を扱った小説をご紹介したついでに、もうひとつ小説をご紹介しておきましょう。ダニエル・キースという人の書いた『アルジャーノンに花束を』という作品で、SFに分類されています。確かにSFとしての要素を持っていますが、私は介護とか老化と言った問題に焦点を当てた小説として読み解くことができるのではないかと思っています。小説の大まかなプロットは次のようなものです。

 ある町にチャーリーという知恵遅れの青年がいた。知能指数が60前後で、当然自立した生活など出来ない。町のパン屋で簡単な仕事をしてみんなをほのぼのとした気分にさせながら暮らしていた。あるとき、野心的な脳外科医が、ある手術をすることで知能を大幅に伸ばすことができるが受けてみないか、とチャーリーに持ちかける。賢くなることに強い憧れを持っていたチャーリーはその手術を受けてみることにした。

 知能指数を60に押しとどめていた枷が外れ、チャーリーはどんどん知識を吸収して天才になっていく。その脳外科医師がチャーリーを使って人体実験をしたのだが、その前に行った動物実験でネズミが高度な知能を有していた。そのネズミにはアルジャーノンという名前がつけられていた。そのアルジャーノンが時々妙な動きを見せるようになった。どうやら実験によって操作された脳内に何らかの問題が生じて、実験の副作用として不可避的にたどるコースだと思われた。

 破局を回避するためにさまざまな試みがなされるが、万策尽きて彼は自分の未来を知る。将来自分が入るはずの介護施設を見学し、自分の出自を探り、下降線をたどり始めた自分の能力をわずかでも保つために難解な書物を読みふけり、さまざまな足掻きを見せる。しかし破局は目前に迫ってくる…とまあ、そんな小説です。現実にありえない脳内操作によって知能に制限を加えていた枷を取り除き、知能を飛躍的に伸ばす、という発想はSF的です。

 いろんな視点で読むことができますが、ここではちょっと変わった読み方をしてみましょう。幼い頃に成長とともに知的能力が伸び、やがて一定の時間の後に知的に退行する、その流れを普通我々は幼児期から老衰へと80年から90年かけて経験します。その期間をこの小説では数年のタイムスパンの中に押し込めている。この小説の中で、やがて自分が入所するであろう介護施設を見学に行くシーンがあるけど、私の友人の中に実際自分の入る老人ホームを見学に行って、それから契約した者がいます。

 老化は数十年のスパンで起きるし誰でも似たような経験をするので、歳を取る過程でそれほど焦らないけど、例えば若年性認知症だったらどうでしょうか。その様な問題を極端に圧縮して、当事者たちの姿を描いたのが本作です。この本の著者は少し前に亡くなりましたが、この作品は時代を超えて生き残っていくことでしょう。

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