2016年3月2日水曜日

弁膜症の外科的治療 – 3


 弁疾患が判明した時点で心臓に過大な負担がかからないような生活指導とか、必要があれば薬物による介入が始まります。それは手術になったときに心臓の状態を出来るだけ良好に保つ必要があるからです。疾患の種類や程度によっては、生活上の注意と投薬で手術無しに一生を終えることもありえます。手術は、いくら安全になったと入っても、やはり一定の危険はありますし、手術のあとの一定期間は辛いものですから、疾患の種類や発症した年齢などの患者側の条件如何によっては先延ばしにした方が良い場合もあると思います。

それに、仮にその患者さんが85歳まで生きるとしましょう。60歳で手術してやや心機能が落ちてあと25年生きるのと、80歳で手術してやや心機能が落ちて5年生存するのとでは、20年間の生活の差がそれなりにあると思うのです。しかも手術死亡の可能性もあります。60歳で人生を終えてしまうよりも、80歳で終えるほうが20年分得します。ですから、一定の危険性を伴うことは出来るだけ先延ばしにするほうがいいのです。このあたりの事情は、政府が先延ばしにしている年金などの諸問題の処理とは異なります。それらの問題は早めに手を打ったほうが、選択肢が多く残っているので具合がいいのです。

 弁の手術では、カテーテル手術も一部試みられています。私の知る限り、ほぼ実用になりそうなのは大動脈弁の置換術と言うか、人工弁の植え込み術だけのようです。胸を開けて外科的に行う手術は冠動脈バイパス術と異なり、心臓の内部に外科的な操作を加える必要があるので、心臓の筋肉にメスを入れることになります。そのことが手術後の心機能の立ち上がりにブレーキをかけることになります。心臓にメスを入れて内部を操作する(そのために『開心術』と称します)ことで一定程度の負荷を心臓にかけることになるので、誰しもその切開線の長さを可能な限り短くしたいと考えます。

 しかし、小さな切開でその内部の操作を行うには困難が伴います。ビンの中に帆船のプラモデルのような奴を作るという趣味を時々見かけます。 それにチャレンジすることを考えてみてください。広口ビンの中にプラモをつくっていくのと小さな口のビンに作るのとでどちらが容易であるか、考えてみてください。とても起用で何度も造ったことのある人が狭口ビンの中に上手に作ったからといって、経験の乏しい人がそれをまねしてうまく行くか、たいていうまく行きません。

 器用であるかどうか、それだけではありません。手順をちゃんと頭に入れているかどうか、それこそが一番重要な点です。先に次の操作を妨害する作業をやってしまうと、そこで行き詰ってしまうのです。心臓の手術もそれと似た面があり、どのような順番でどのような器具を用いてどの角度からどのような操作をするか、そういった操作の順番を全部頭に入れておかなければならないのです。順番を間違えると困ったことになります。若いうちはたいてい偉い先生が助手を勤めてくれて、間違えたら叱られるだけで済みますが…

  心臓の手術をしたほうがいい患者さんがわたしの外来を訪れたら、私はできるだけ手術上の信頼性の高い私設へ紹介したいと考えています。それは先に述べたような、細かな手順の積み重ねが性格に手順どおりに行われている私設ほど手術成績がいいからです。ICUに一週間縛り付けられて死線をさ迷うより、翌朝人工呼吸器から離れ、一週間後には廊下を早足で歩き回っているほうが良いに決まっています。施設によりそれだけ結果が違ってくるのです。

 もちろん、手術する時点で心臓の筋肉がかなり痛んでいて完全な回復が難しいこともあり、そういった場合には誰が手術してもご本人が期待するほど手術の効果は上りません。それはある意味仕方ないので、出来るだけ早く病気を見つけて、多くの治療手段があるうちに当人にとってベストな手段を選ぶようにしたいと考えています。私が患者さんにやや離れた病院を紹介するときには、『古い野菜を置いている近くの八百屋と新鮮な野菜を置いている遠くの八百屋のどちらで買いますか』と訊ねます。中には腐った野菜をつかまされるようなところもあるのです。

 次回は心臓手術に使われる道具(特に人工的な血液酸素か装置)とか、心臓手術の歴史をかいつまんでご紹介しましょう。

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